G M T

前回がいつだったかも分からない程、久しぶりの投稿です。

そんな間に私は30歳になり、2013年の夏も終わりに向かい始め。今年の夏も、色々あったなーと思ったのでブログにしてみました。

7月後半から8月初旬にかけて夏休みを頂き、徳島→高知→京都→山形→秋田→仙台、と国内で外人みたいな旅行してきました。京都辺りまでは飛行機で、それ以降全部バス!

すごーい再会の旅でした。
四国京都は大体いつものお約束コースだったけど。

京都から夜行バスで、東北、山形へ。
大学時代の後輩と卒業以来の再会!私は大学に友達がいなく、本当に唯一仲良くしてくれてた子で、7年ぶりなのに全然変わってなくて、車で色々案内してもらいました。なんだかなー、あの頃と変わってないつもりでも、お互いそれぞれ違う7年の経験をしてきて、やっぱり苦しい時期もあるし、私の話で少しでも選択肢が広がったり、気が楽になってくれたら良いなー

とか。

秋田に移動。
秋田では、シドニー時代からの大親友Keikoの結婚式。友人代表スピーチを頼まれてたので、とにかく緊張してたのですが、なんてったって泣き過ぎ。
ウェルカムボードの写真見ただけで、ポロポロ。
新郎新婦入場で、大号泣。
あまりにも早い段階から泣き過ぎて、高砂にいる新郎がこちらを見て失笑ですよ…。
それだけねー、ホントーーーーに色々あり過ぎて、もう良くぞこの日を迎えることが出来たかと思ったら、涙止まんねーっすから。

シドニーで出会ったあの頃、私はまだ20歳でKeikoは24歳…。まさか10年後、秋田で結婚式してるなんて、想像すら出来なかったよね。

でも、この秋田での結婚式が、私にとっても大きなキッカケになったかもしれません。

私も恐らくKeikoも、若い頃はとにかく田舎にいることが嫌で、外に出たくて出たくて息が詰まりそうな程だったし、オーストラリアに行って、もうずっとシドニーで暮らしたいと思ったし、実際Keikoは永住権の審査まであと少しってところまで行ってた。

でも、私は泣く泣く帰国、それでも海外に出たくて、大学卒業後すぐに成田へ出てきて、バックパック背負って、あっちゃこっちゃ行くわけです。

Keikoも結局帰国したものの、秋田へは帰らず東京で仕事をして、度々茶をしばきに一緒に出歩きました。
そのKeikoが秋田へ帰ると言った時、ちょっと衝撃的だったなー。

(Erikoさんが日本に帰ってくると言ったときも衝撃的でした…。)

でも、年を重ねるごとに私自身も四国に帰りたい思いが強くなっていて、「いつかそのうち帰ったら…」と漠然と思い始めました。

久しぶりに秋田の実家で暮らすKeikoを見て、自分が生まれ育ったところに帰って親と暮らして子供を産み育てる、当たり前のようで、今まで私の選択肢には絶対にあり得ないことで、なのに、ものすごーくシンプルで幸せなんだなーと羨ましくなった。

今までは海外で暮らすことに憧れて、そんな人たちを羨ましく思ってきたけど、田舎に帰るって良いなーと初めて思えた。

結婚式のスピーチでも言ったけど、
私達はグルーっと外の世界を旅してきた分、自分の内側を見つめる事ができ、今までは近すぎて見えなかった幸せに気付くことが出来た、んだと思います。


7月に四国帰ったとき、高知でお世話になった女将さんに、「帰ってくる帰ってくる言うて、アンタいつ帰ってくるのよ⁈ そろそろちゃんと計画立てなさい!」と喝を入れられ〜

実家すぐ近くの海にプラーと散歩行ったら、私が中学生の頃から可愛がってくれてるサーファーのお姉さんに偶然出くわし、「現地でアンテナ張ってないからや!」と海部周辺、徳島県内の情報くれたり。そのお姉さんはサーフィンしたくて大阪から私の地元へ移住してきた人だけど、「自分の生まれ育った所ってこんなに最高!って思ってる人達とココにおれる私も幸せ」って言うてくれたり〜

ここ数年、かなり帰省率は高いのですが、そろそろ帰っても大丈夫って気がしてきた。

タイミングだねー。あと、バランス。
全てはバランス。


もう最近、あまちゃんがヤバくて…(泣)
まさに「地元に帰ろう〜♪ 」



って、ことで、タイミングとご縁が合えば。。。

あっ、結婚Uターンってのは、まずないので、ご心配なく!




a0077466_275611.jpg


Life's a long road with lots of turns, and it's best to follow the paths that interest you the most as while we are travelling through the outside world, it's the inner destination that we are looking for.




.
[PR]
# by anananjin | 2013-09-09 00:53

philosophy

久しぶりにブログを書きます。

今年に入ってまもなく3ヶ月。
年末年始は学生時代振りに実家で年越し、先月から今月にかけて地元の友達の結婚式。
色々と盛りだくさんだったにも関わらず、なかなかブログを書く気にならなかったのは、なんとなく、まだ11月末に亡くなったおっさんの事を想ったりしていて、自分のなかではしつこく喪中でした。

年末実家に帰ったとき、骨になったおっさんの前で一人泣き続け、納骨されてからはお墓の前で泣き続け、「あーおっさんにまだこの話してなかったなー」とか不意に思った瞬間に涙が出てきたり、未だにそれは変わらないけど。

けど、先週の土曜日に行ったヨガのWSで、はっとした。
ヨガ哲学の考え方について、メモを見ながら自分でももう一度おさらいしてみる。

「なぜ人は苦しむのか?」

「自分とは何か?」

人は苦しむ。無知が故に苦しむ。
何に対しての無知?自分ということへの意識に対して無知である。

人は、自分以外の物事を自分だと勘違いしている。
仕事、財産、友達、家族etc...
それらがなくなれば、自分ではなくなる?

真実とは、変わらないもの。
非真実とは、変わるもの。

あらゆるものが変わる中で、永遠に変わらない愛を見出そうとするから苦しむ。

真実とは、今この瞬間。

自分の周りで起こることは全て過去のカルマの結果。
自分自身の反映でしかない。
自分のエゴが、今の自分が置かれている状況を作っている。

苦しい、辛い、と思っているのは誰?

執着があるから人は苦しむ、迷う。

ヨガ的な生き方とは、結果を求めずに生きること。
マインドを止める。
今この瞬間だけに集中する。
目の前のことに全力で取り組むことで、カルマは浄化される。

輪廻転生だとしたら、私たちはカルマの海を泳いでいて、つまりは過去のカルマから決まっている運命を辿っているだけにすぎない。

全てのものは決まっている運命のなか、「自分」というものは存在しない。
体も心も、自分のものではない、ただの道具である。
自分が動かしている、というのは単なる錯覚。

マインドを止める = 仏教でいうところの空(くう)
私は空。

自分とは、運命を経験していることを静かに見つめる存在。
感情、感覚を客観的に観察する存在。

自分は、生きているのではない。
自分は、生かされている存在である。

生かされているから、生きている。
死とは、それが終わるだけ。
永遠の自分がなくなるわけではない。

死ぬこと = 悪いこと?
エゴが死ぬことは辛いことと決めつけているだけ。


この話を聞いたとき、目が覚めた。
もちろん、おっさんが死んで悲しい。

けど、死ぬことって悪いこと?

違う!
それは単なるボディの消滅であって、永遠のおっさんはなくなってない!
なんか、心がスーッと楽になった。

ダライ・ラマ法王も言っていた。
空を理解することで、苦しみはなくなる。
あきらめることで、悟り、あるがままを受け入れることができる。

自我とは、無常の本質をもつ。
一瞬ごとに生まれ滅している。

つまり、真実は今この瞬間だけ。

リンクしたーーーー!!

仏教もヨガもインド発祥ですから、繋がるところは同じですが。

なんか、気づいちゃったーーーー。
こういうことが、生きる知恵であり、ヨガや瞑想が生きる技であるんだなーーーー。

色即是空だぜー。

キーワードは、やはり、
心のバランスを保ち、あるがままの現実を受け入れること。
ヴィパッサナーやないかー!

バランスが取れている状態とは、つまり中道。
有るとか無いとか、好きとか嫌いとかの、どちらにも囚われず、偏らない状態。
認識はするが、執着はしない。
どちらでもなく、真ん中。


ヨガのWSで、こんなに深い哲学を学ぶことができ、おっさんのボディの消滅を理解&受け入れることができるなんて、やっぱりヨガってスゴイ。

そんなヨガに出会えて良かった。

頭で理解するだけでなく、日々の練習も忘れずに。。。

"Yoga is 99% practice and 1% theory. byパタビジョイス師"


哲学だけでなく、その他にもいーーーっぱい面白いことを勉強したけど、内容濃すぎるので、今日はこの辺で。


Life is Yoga.
[PR]
# by anananjin | 2013-03-26 23:58 | journal

My dearest old man

11月28日 おっさんが死んだ。


「おっさん」とは、私の三番目の祖父。

父方でも母方でもない、祖母のいとこの旦那さん。うちの実家から20mのところに住んでいて、おっさんには子供がいなかったので、私たち三姉妹を本当の孫のように可愛がってくれた。

何故だかうちの家族はみんな「おっさん」と呼ぶ。


末っ子の私は特に可愛がられ、生後何ヶ月の写真も、うちの家にいるよりもおっさんの家で撮られた写真のほうが多い。

小学校4年生でバレーボールのクラブに入るまでは、学校から帰るとおっさんの家に直行。お母さんが帰ってくる5時まで、おっさんの家にランドセルを置いて遊びに出た。

お腹が空いたら、さーちゃんばん(おばあちゃん)がワカメご飯でおにぎりを作ってくれた。

テレビ台の下には、私たちのお絵描用に、裏の白いチラシがいつも沢山あった。

小さい頃は、おっさんの自転車の後ろに乗って、いつも本屋さんに行っていっぱい本を買ってもらった。

今は駐車場になってしまったけど、昔近所に銭湯があって、おっさん達は毎日そこに行っていて、週に何回かは私も一緒に行っていた。小さかった私が女風呂から「おっさーーーん!」と叫ぶと、「おーい!」と答えてくれた。

夏の夜、花火がしたくても誰も相手にしてくれないと、いつもおっさんのとこに行って一緒に花火をした。

郵便局で局長をしていたおっさんは頭が良くて、達筆で、いつも頼まれて沢山の年賀状を書いていた。

兵隊として戦争に行ったおっさんは、いっぱい戦争の話をしてくれた。

昭和の南海大地震で津波にあったおっさんは、流された写真だけが惜しかったなーと言っていた。

いつも「津波が来ても、わしは逃げん。ここで死ぬ。」と言っていた。昨年の震災のときも、すぐ父に電話して「おっさん連れて逃げてよ」とお願いした。

大きくなって反抗期になっても、おっさんの言うことは聞いた。

うちを出て、一人暮らしを始めてからも、帰るたびにおっさんの家にいりびたり、コタツに入って一緒に大相撲を見た。

社会人になって実家に帰る回数が減っても、帰ったら必ず一番に会いに行き、時間の限り話をする。いつも帰る間際は泣きそうになる。

「あゆの顔見よったら、病院なんか行かんでええわ。」

「あゆが一番かわいらしい。怒ったところなんかみたことない。」

「あゆが何するとしても、おっさんは応援しよるけんな。」

といつもいつも言ってくれた。

「ほら、弁当代」といって、この歳になってもお小遣いをくれた。


こういう日が来ることはもちろん分かっていたし、心づもりはあったけど、まだ信じられない。


おっさんが死んだ。


何かあったら、いつでも私は全てを投げ出してスグに駆けつけるつもりだった。

けど、母親に「帰ってこなくていい」といわれた。

91歳になり、おっさんもさーちゃんばん(おばあちゃん)も動けなくなり、2人で家のなかでこけたまま倒れていたこともあった。

うちの父と母が毎日、ご飯を作って様子を見に行った。

父と母は、おっさんとさーちゃんばんの子供ではない。けど、私たち姉妹がお世話になった分のお返しと思って、ずーっと毎月病院に連れていってあげたり面倒を見てきた。

それでも、うちの母の体調もあまり良くないこともあり、ひと月前に二人で施設に入ったところだった。

夕食のあと、痰がのどにつまり病院に運ばれ、そのまま逝った。

もう何処もかもが悪い状態だった。


おっさんの葬儀は、密葬だった。
少ない親族の中でも隣町に住んでいる(腹黒い、人相の悪い、私の大嫌いな)おっさんの甥が取り仕切ったらしい。

私は日帰りでもいいから火葬される前に、おっさんに会いたかった。
けど、私たちみんなが帰ると、逆に母が疲れて困るから帰ってこなくていいといわれた。

震災以後、更年期障害でずーっと体調を崩している母は、未だに精神的な浮き沈みが激しい。不幸があると自分も一緒にしんどくなってしまう。

帰りたくてしょうがなかったけど、私たちが帰って母がしんどい思いをするのであれば、帰って来なくてもいいよ、とおっさんも言うはず、と姉と話し帰ることは諦めた。


あんなに可愛がってくれたおっさんの最期を見ることができず、この2日間仕事中もバイクに乗って通勤中も寝ている時間以外は泣きつづけている私の顔はスズメバチ20匹に刺されたかのように腫れ上がっている。


生きていて欲しかった。

生きているうちに、徳島に帰りたかった。

そんな希望は、私の勝手なエゴだけど、ずーっとずーーっと生きていて欲しかった。


おっさんの肉体はなくなったけど、魂は生きている。

また来世でもおっさんの魂はいつまでも生きている。

そんなことは頭では分かっている。

けど、もうおっさんの笑顔が見られない、もう話しができない、と思うと、やっぱり涙が止まりません。

「また冬に帰ってくるけんな。」

お正月に、また会えると思っていた。


91歳。謳歌したと思います。

でも、ありがとうってもっともっと言いたかった。

まだ、まだまだ受け入れられない。


私がもっと近くに住んでいたら…。

もっと頻繁に会いにいけたら…。

そんなことは考えてもしょうがないことだけど。


しばらくは、泣きつづけることでしょう。


a0077466_20454271.jpg

2008年結婚60周年の御祝いに、私が作ったスクラップブッキング。
おっさんの遺影はこの写真を使ったらしい。

おばあちゃんが葬儀の後、施設に帰るとき、このスクラップブッキングを持って行こうとしたら、例の私の大嫌いなおっさんの甥が、おばあちゃんの遺影用に必要だから置いていけと言ったらしい。
(オマエなんか死んでしまえ。)


年末徳島に帰ったら、このスクラップブッキングを持って、おばあちゃんの施設へ直行する。

また新しいスクラップブッキングも作ろう。




おっさん、ありがとう。


ありがとう。


ありがとう。


ありがとう。


これから私はどうしたらいいですか。
a0077466_2104545.jpg





.
[PR]
# by anananjin | 2012-11-29 21:01 | journal

bagle

この世界一美味しい、そして美しいベーグル。


a0077466_20472698.jpg



必ずクリームチーズを塗ってたべる。
たまに葉っぱとか挟む。

こいつがワインにもバッチリ合うんスー!!

美味し過ぎて幸せー(´Д` )


しかもこのワイン、近所のスーパーで見つけた780円の激ウマ オーストラリア産カベルネ&シラーズ。
ラベルを見た瞬間に美味しいと確信したけど、飲んでみたらやっぱり間違いなく大当たりー!

コスパ ワンダホー (´Д` )


明日もみっちり朝から晩まで働くぜーぃ




.
[PR]
# by anananjin | 2012-11-23 20:33 | food&drinks

after all

昨日の日記で↓今はココで頑張るとき、と言ったけれど、何か今だけ頑張らないかん、みたいに聞こえるけど、よく考えたらこの6年間ずーっと同じこと思ってたんです。


頑張るとき、踏ん張るとき、だと思っているということは、しんどい状態ってことでしょ?

つまりは、成田にいるこの6年間はずーっとしんどい状態ってことなんスよ。


まーだからと言って、すぐに動ける経済力はないから、結局やっぱり踏ん張るしかないんですけどね。


しかも、しんどい状態になる事を分かって、更にはそーゆー経験を積もうと思って四国から出てきたわけやから、まー予定通りっちゃー予定通り。ただちょっと期間が長くなり過ぎたけど。


つーことです。

a0077466_18574465.jpg

京都のねーちゃんが、私の大好きなベーグルとコーヒー豆を送ってくれた。(私が送ってとお願いしたが。)

a0077466_18574574.jpg

今現在世界一美味しいベーグルだと思っています。

ツヤツヤに光り輝く表面、噛みちぎる程の弾力、卵牛乳バター動物性材料一切入ってません。
[PR]
# by anananjin | 2012-11-21 18:43 | journal

mind & body

成田での生活を出来るだけ嫌なものだと思わないよう日々考えてはいるものの…相変わらず、息苦しさは変わりません。

昨日のこと。
前々からあったランチの予定が不慮の出来事によりキャンセルになり、じゃー代わりに一人でいつもの近所のインドカレーにしよーと思ったら定休日。そこに代わる別のインドレストランを探しだし、行く気満々で準備して外に出た瞬間、まさかの雨…。5分前は雲マークだった天気予報がいきなり雨マーク。ウソつきー!

一人でマジ泣きしたぜよ。

それくらい、もう私の心は簡単に崩れ落ちます。

エーンエーンとひと通り泣いたら雨がやんだので、リトルカブに乗って出発。インドカレー食べる。

その後、駅前の某ドトールで、コーヒー飲みながら南無阿弥陀仏のお勉強。

そしたら少しずつ気持ちも落ち着き、うちに帰ってヨガ。

あーーやっぱコレやわぁ〜。

社会復帰したものの、ガチガチに凝り固まった首肩腰。ゆっくりほぐしていくと、心の凝りも取れていくみたい。


先日あまりに胃痛が続くので、市販の薬を飲んだところ、「市販の薬」を体内に入れたことで気持ち悪くなり、でも治らないから、渋々病院に行ったものの医者の態度に頭きて、オメーなんか信用するかいっ!ってことで処方箋も手を出さず。

でも、ダライラマ法王の法話を聴いて、ステキなお友達とステキなインド学講座受けて、美味しーい優しーいマクロビインドカレー食べたら痛みは消えたよ。

ま、単純に私の気持ちの問題ですわな。

だーかーら、
心と体のバランスってのが大事。

ダライラマ法王も言っていた、
「健康でいるためには、心を穏やかに保つこと、楽観的に考えること。怒りや恐怖心や不安は免疫力を低下させる」と。

般若心経も言っている、
「心の余裕を持てば、誰でもブッダになれる。心配すんな、大丈夫だ」と。

ヨーダも言っていた、
「ジェダイの力の根源はフォースにある。怒りや恐れがフォースの暗黒面にお前を誘う。ダークサイドに一度足を踏み入れれば、お前の運命は永遠に支配される」と。


そーやんなぁ!
ジョージルーカス、天才!

ってことで、足の踏み場もなかった自分の部屋を掃除して、各コーナーにグルジの写真を配置。他にもダライラマ法王や、シヴァ神、ヨガ友、瞑想友の写真を配置。

そしてそれらに向かってヨガが出来るようにスペース作りました。

(世界中どこにいても、ある方角に向かってお祈りするってゆー…ワタクシはそちらの宗教宗派とは一切関係ありません。)


社会復帰して胃が痛くなっても、毎日うちに帰るのが憂鬱でも、次のステップへ進む為にいまはココで頑張るとき。

こないだ法王も言っていた again,
「しんどい思いをして初めて忍耐を実践することができる。敵がいて初めて忍耐と赦しの修行をすることができる」と。

はぁー 南無阿弥陀仏。(うちは浄土宗)


無機質な社会の不自然さは多少目につきますが、せめて自分も含め大切な人達には、正しい情報と体に良いものを吸収して、心も体も元気でハッピーにいて欲しいです。
心と体は常に繋がっていますから。


今の生活が息苦しいと決めつけているのは、他の誰でもない、自分自身。

感謝を忘れず、心と体のバランスを保ちつつ、あるがままの現実を受け入れること。


アニッチャー アニッチャー アニッチャー

a0077466_23171375.jpg

[PR]
# by anananjin | 2012-11-20 21:59 | journal

Shantaram

私は今、二つの世界に生きています。
毎日その二つの世界を行ったり来たり…忙しないんです。


一つは、目に見えてる現実世界。食事をしたり、仕事をしたり、友達に会ったりしている、今の普通の自分。

もう一つは、小説「シャンタラム」。

オーストラリアで脱獄した最高指名手配犯が偽造パスポートでインド ボンベイに渡り、スラムに暮らし、ボンベイマフィア犯罪組織の一員となる話で、著者の実話に基づいたストーリー。

マジでこんなことアリ⁈
という世界が本当にあるんです。

脱獄犯でありながらも、主人公の心のまっすぐさに、愛への飢えに、どんどん引き込まれ、更にインドという国の懐の深さに胸がしめつけられる。

「インドは心の国」であるということを、何度も何度も感じさせられる。

善と悪、生と死、それから愛と哲学。
それら全てを包み込むインド。
インドにはカオスがある。


本文より
「ここは…ほかのどんなクソ国家でもないんだ。ここはインドだ。ここはインドなんだ。ここは"心の国"なんだよ。ここでは心が王様なんだ。くそみたいな心が。」

「愛を創ったのはインドではないかもしれないが、間違いなく愛を完成させたのはインドだ」


どんなに汚くて、理不尽で、めちゃくちゃでも、インドを愛さずにはいられなくなる。


文庫本で一冊千円くらいする分厚さ×上中下巻ですが、あっという間に世界が変わります。

ぜひぜひぜひ読んで欲しい!

こんな世界があるということを知って欲しい。これがインドのリアルだろうから。


今の生活の中でシャンタラムの時間があまりにも多くて、私は今でもインドにいるような気がする。


今まだ中巻の途中だけど、読み終わることが怖い。ずーっとずーっとこの世界に居たい。



.
[PR]
# by anananjin | 2012-10-06 13:32 | journal

Guruji

長い夏休みが終わりました。

当初の予定では、京都から東北を目指し、初ボランティアのつもりだったのですが、経済的理由により断念…「人のために働く前に、自分の生活費稼げ」と怒られ…

徳島の実家で伊勢エビ漁が始まったので、久しぶりに手伝いに帰ろうと張り切っていたら、「漁の手伝いはいいから、早く働け」と拒否られ…

外野がうるさくなってきたため、楽し過ぎた京都ライフも切り上げ、泣く泣く成田に帰って参りました。


でーもー!予定を早めて関東に戻ったもう一つの理由が…シュリンダージ来日!!

あの!インドのグルジが!リシケシュで出会った神様が!来日&ヨガWS開催!バンザーイ!!

都内で二日間に渡りレッスンを受けることが出来ました。

東京のど真ん中に突如現れたあのシャンティな笑顔&ターバン!

「グルジ、ナマステジー!(涙)」合掌!

集まった人達も、ほぼ皆さんグルジの生徒。インド以来の再会があったりしてリシケシュ同窓会みたい。そこにいた誰もがリシケシュにいるかのような錯覚を起こさずにはいられないグルジのパワー。

一日目のレッスンでは苦手だったチャクラアーサナ(ブリッジ)を克服!
私以外の参加者全員チャクラアーサナが出来るんです…私が前に呼ばれてグルジの導きによりアーサナが出来た時には、皆さんの拍手を頂き、終わった後も「初めて出来たんですか⁈良かったですね〜!」と声をかけて頂き、アーサナが出来た嬉しさだけでない嬉しさが込み上げ、やっぱりグルジ最高ッス!

一日目のレッスンの後は、みんなでグルジを囲んでインド料理屋さんで食事会。皆さんのインド話も聞けたし、グルジいるし、胸がいっぱいでスグお腹もいっぱいになっちゃいました。

二日目も雨の中、原宿のど真ん中でグルジヨガ。初日は浮き足立って集中できなかった心が、この日は静かに自分を見つめることが出来ました。

アーサナの後のプラーナヤーマ、そして瞑想。

トーキョーでもなくリシケシュでもなく、どこでもない。自分自身の中。そんな空間にいました。

I found the stillness in myself.

グルジ、ありがとう。

宝物の二日間です。

リシケシュで仲良くなったグルジ信者の方とも久しぶりに再会して、楽しい楽しい時間を過ごせて、自分が生きる世界を再認識。

ナマステスピリッツ注入完了。

これからの「フツーの生活」に活かしていきたいと思いつつも、やっぱり成田に戻ると体が重い、インドが恋しい…そんな時は近所のインド料理屋さんにダッシュ。一人でフラッと立ち寄り、美味しいダールに心も体も満たされ、「キテクレテ アリガトウネ」と顔なじみのインド人に言われ、キュンキュンしてます。


グルジがインドへ帰る日。
空港でお見送り。
一緒にパンと牛乳を朝ごはんに食べて、グルジがインドから持ってきたスナック菓子を「ディス イズ リアル テイスト オブ インディア〜!笑」とか言いながらボリボリ食べる。

でもそんな何気ない会話の中にもグルジのシャンティに生きるヒントが沢山。

グルジ、ありがとう。

That's why you are my Guruji.

私からインドへの距離がまた一段と近くなった気がします。

インドへ、また行ける!

グルジに、また会える!
a0077466_11531915.jpg




本当にココは空気が薄くて、流れが悪い。

何をそんなにイライラしてんの?
What is your problem??

それは自分への問いかけ。
全ては自分自身の中。


フツーの生活を頑張る為に、とりあえず働きます。


ナマステ & ハリオーム



.
[PR]
# by anananjin | 2012-09-30 11:46 | journal

Yahho

ヤッホーです。(京都の姉んちのチビ達にそう呼ばれています。)
a0077466_18235293.jpg


甥っこのクリ、じゃなくてリクさん(お兄ちゃん5歳)が最高に面白くて、クリの言葉を借りると「もう息できひんわ~(笑)」くらい毎日笑い転げています。


関西の子供たちには遺伝子レベルで組み込まれた、人を笑かすというDNAが脈々と受け継がれていますね…。成田で一緒に住むキッズ達には絶対にないDNAです。


腹の皮がよじれるの会話の一部をどうぞ。

みんなで奈良の東大寺へ出掛けることになり、ルンルンのリビングで…
リク「よっしゃー!大仏さん♪大仏さん♪行こー!」と足踏み&スキップをし始める。
で、ピタッと急に止まったと思ったら真顔で「全然進んでないやん」。
若干5歳で素晴らしいノリ突っ込みー!

いつも「ヤッホーはお金ない」という話をしていたら、ピクニックに行った先でチェキでもっと写真を撮りたいとダダをこねだし、「このカメラは何ぼでも撮れるカメラじゃないねん!」と怒ったら、「お金ないくせに…」とボソッとつぶやくし。そのタイミングで言うかー?!10円とか100円というお金の価値すら分かってないのに…。
a0077466_7143772.jpg



姉宅では、和室をお借りして寝ています。和室はちょっと薄暗くて夜になるとチビっ子にはちょっと怖い。
リク「なーなーヤッホー?一人で寝てて怖くないん?」
私「ヤッホーは大人やから大丈夫やで。」
リク「えっ、妹やのに?」
(ママの妹であるということは知っているが、妹=小さい、幼いというイメージらしい。)
a0077466_18235318.jpg
皆がいない日、お友達のハナちゃんもお預かりして、ヤッホーと三人でピザ作り〜♪


毎日たくさんの笑いをアリガトウ。
いつまでもそのままでおってな。


ということで、今晩の夜行バスで成田に帰ります。約1ヶ月半ぶりです。本当は昨日帰る予定だったけど、心の準備も物理的な準備もまだだったために延泊…。

徳島→高知→ヴィパッサナー→京都

行く先々で居心地が良すぎて、目を覚ました瞬間に一体今自分がどこにいるのか分からない、という現象が起こります。ココは、成田?徳島?高知?京都?もしくはインド???

前回の日記にも書いたけど、この4か月で私の精神世界は大きく変わりました。
こんなに素晴らしい夏休み&精神活動をしてしまい、成田に帰ることが非常に憂鬱で恐怖です。
大好きな人たちは沢山いるけど、もう私が住み続けられる世界ではないということに気づきました。でも、今は"私は成田に住んでいる"というあるがままの現実を受け入れなければなりません。

なので、現実を受け入れつつも、新しい計画に向けて前向きに進みたいと思います。
ヤッホーの人生計画第3ステージくらいかな?自分の中ではやっとその準備ができたというか、10年越しの夢というか、そんな感じッス☆

とりあえず、今は一生懸命お金を貯める~♪

楽しい楽しい日々と、懐かしい再会と、また新しい気づきと出会いに感謝です。



a0077466_18235372.jpg
ニョリニョリと宝ヶ池公園で早朝ヒーリングヨガ&朝ごはんピクニック☆最高に楽しかった京都ライフ。


シャンティー

ハリオーム

アニッチャー


& メッターを込めて。




.
[PR]
# by anananjin | 2012-09-19 18:19 | journal

awareness of another 10 days

8月9日に成田を出てから1か月が経過。只今、京都にいます。
このひと月でいろんな変化がありました。

徳島の実家で2週間。高知で4日間。
遊び呆けてから、また京都のヴィパッサナー瞑想センター行ってきました。
初めて10日間コースを受けてからまだ2か月経っていませんが、とにかくまた行きたかった。そして今回は10日間コースを奉仕させていただきました。

初めての奉仕やし、おいしい菜食メニューのレシピ覚えたくて、キッチン希望だったのに、行ってみたらまさかのコースマネージャー。コースマネージャーは10日間聖なる沈黙を守らなければならない生徒さんが唯一話せる相手です。困ったことがあれば生徒さんと先生の間に入って行ったり来たりする係。先生が外国人というパターンが多いので、通訳係もします。(多分だから選ばれた。)

ヴィパッサナー自体まだ経験浅いし、しかも初奉仕やし、しかも京都センター来るのも初めてやし、という言い訳は通用せず。不安だらけのなか心の準備もないままスタート。

でも、この10日間が前回とはまた違う素晴らしい修行となりました。

1日の半分は生徒さんと一緒に座って瞑想をします。それ以外の時間は、宿泊棟やトイレシャワーの掃除をしたり、生徒さんの質問を先生に伝えたり、とにかく走り回っていました。

奉仕者として参加するということは、ヴィパッサナーをリアルに経験できることだと思います。
奉仕をしている人たちは話をしてもオッケー、毎日の食事の準備や掃除を初めて会う人達でチームを組んで行うので、そこ自体が小さなリアル社会になります。

センターにいると普段の外の世界にいる時よりもすごく敏感で、自分から湧き出てくる色々な感覚、感情、考えに気づきます。きっと会社で仕事をしているときだと、気づかずにスルーしてしまうような場面や感覚や感情であっても、「ちょっと待って」と一呼吸置き、観察してから行動をするように意識できます。

毎日毎日とても静かで穏やかに見えても、自分の中では感覚、感情の大噴火が起きていて、それらを観察しながら人に接していくということは、瞑想センターから出た後の現実社会で生きていくための大切な練習になりました。

30人の女性生徒さん達も、いろんな人がいて、ほとんど会話はしていないけど、目を閉じて自分も瞑想に入ると、こんな感情が、愛情が生まれるものなの?!と思う程、気が付くと涙が出ていて、それぞれ色んなものを抱えながら集まった皆さんが毎日真剣に一生懸命に集中して取り組んでいる姿を見ながら、とてもとても大きなパワーをもらいました。

先輩奉仕者の方が、「奉仕をするためだけに、座ってコースを受けても良いと思うくらい価値がある」と言っていたけど、本当にその通りだと思いました。

10日間は、もちろん生徒さんが瞑想に集中できるように一生懸命お手伝いさせてもらったし、みんなが気持ち良くシャワーが使えるようにと一生懸命お掃除させてもらったけど、結局は全部自分に返ってきたような気がする。聖なる沈黙が解かれたとき、生徒さんから沢山感謝の言葉をもらったけど、私が皆さんにアリガトウと頭を下げるほど、素晴らしい修行をさせてもらいました。

10日間は長かったけど、一緒に奉仕したメンバーにも恵まれ助けあいながら、大変だったけど本当に楽しくて最高のチームでした。

毎日夜のミーティングでは、愛、慈悲の心で瞑想をします。そのとき、「今日私が傷つけてしまった人に許しを請います。私を傷つけた人を許します。みんなが幸せでありますように。」と瞑想します。涙がポロポロでてきます。

「自分がこうしたい」とか、「あれが欲しい」とか、「これは自分の物」とか、そういった欲望とか執着が大きくなればなるほど、苦悩も大きくなる…。

ただひたすら、目の前のあるがままの現実を、それがどんな現実であったとしても、受け入れること…。

自然に身を任すということが、どれだけ難しいか。どれだけ自分の欲望や執着が邪魔をしてくることか。まだまだまーだまだ修行です。そんなことに気づく10日間でした。


でも、こうやって「充実した10日間だったー」としみじみ思いながら解散になり、いざ自分の住む世界に戻ってくると、ものすごい温度差というか、現実というか、壁というか、問題にぶち当たります。

それは家族です。

コースが終了して、そのまま京都の姉の家に滞在しているのですが、久しぶりに会ったにもかかわらず、早々に「あんたの人生やし何しても良いとは思うけど、父母を悲しませるようなことはするな。」「何してるか知らんけど、菜食主義とかになったら精神病院連れて行くし。」と言われ、もう会話をする気にもならず、きっと私が何を言ったところで今の状態では何も理解してくれないので、堪えて黙っていますが。。。
(気持ち悪いと思われてるだろうし、きっとこれが一般的な反応であると思いますが。)

これは一緒に奉仕をしていたメンバーとも話したけど、やっぱり一番わかってもらいたいのは自分の家族だけど、なかなか難しいよねー。だからやっぱり言葉で伝えるよりも、ヴィパッサナーを受けてハッピーになって、ちゃんとコミュニケーションが取れるようになって、自分が幸せであるってことを分かってもらいたいよね、って。

私には非常に越えがたい壁のような気がしていますが、自分への課題として取り組むしかないですね。

アニッチャーアニッチャーアニッチャー。
これもいつかは変わる。


4か月前に退職してから、インドへ行って、ヴィパッサナーに出会い、私の精神世界は大きく変わりました。変わったというか、それに気づいちゃった感じ?
今では、自分がホテルで働いていたということすら信じられません。遠い昔の記憶のようです。

仕事をしていた頃は毎月25日には必ずお給料がもらえて、「安定した生活」が保障されていたけど、その先に何があるかも分からず不安で仕方なかったけど、今は無職アルバイト生活(精神活動中)だけど、凄くスッキリしていてこれからが自分でも楽しみで、このみなぎるエネルギーは何?!ってくらい元気なんです。

今まではグラグラだった自分の軸が、カチッとはまって固定された感じ。
心は柔らかく、でも基本の軸はもうブレない。

色んなことに気づかせてくれた機会と、同じような感覚を持っている人たちに出会えたことも感謝です。
アリガトウ。アリガトウ。アリガトウ。

最後にアシスタントティーチャーと奉仕者チーム☆
a0077466_11503087.jpg


それから、今回の女性の生徒さん達と☆
a0077466_11503028.jpg

[PR]
# by anananjin | 2012-09-11 11:49 | journal